●「猫町」 萩原朔太郎
・・・だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた・・・今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町があったのだろう
●「猫町紀行」 つげ義春
・・・道に迷えば猫町の気分だけでも味わえるものと思い、その散歩の仕方を真似てみたこともあった・・・私は偶然猫町を発見したことで、これまで旅行をしていていつも物足らなさを思えていたのが何であったか了解した。
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よく知っている町を散歩をするのは結構好き。
今まで通ったことがない道に入ったり、
目的を決めずに思いつくまま道を選びながら、
知っている町で迷子になる感覚を楽しむ。
はじめて歩く遠い見知らぬ町を、一人で歩くことも好きだ。
大通りからすこし外れて路地に入り、
少し怖くなってまたもときた道を戻る。
緊張感と開放感を味わいながらの散歩。
忘れられない散歩、いや迷子の想い出がギリシャにある。
アクロポリスの丘に登り、日が暮れてきた。
ホテルに帰ろうと、もときた道を降りようとした時、
一人の友人がこっちの道から帰りたい、
と裏側に細く続く道を下りだした。
初めての海外旅行の初日だった。
ほかの友人たちは止めつつも、彼女を追いかけるかたちで細い坂を下りる。
丘の下には白いような黄色いような町が広がっていた。
遠くに蒼い山が細く見えていて、やっぱり下りてみたい道だった。
観光客は一人も歩いていない。
やっぱり戻ろうよ、みんな声には出すけど足はとまらない。
丘を下りきると、静かなところに出た。
本当に静かだけど寂しい感じはしない。
はじめての異国の地で地図をみてもわからない場所にきてしまった。
でも見上げればさっきまでいたパルテノン神殿が在る。
ホテルからみた角度とは45度ぐらいずれていた。
あっちだね。
みんなパルテノン神殿の見える角度を確かめつつ、
アクロポリスの丘のふもとを歩く。
白い壁が続く道。角を曲がると音楽と笑い声が聞こえた。
今でも絵に描きたくなるような光景。
白いペンキを塗った円形の水を抜いたプールのようなところに、
テーブルと椅子がおかれ、たくさんの人がくつろぎ、語らい、
いろんな楽器を奏でていた。
人々の頭の後ろにつづくアクロポリスの丘は影になり、
パルテノン神殿は夕陽を浴びていた。
その角度はホテルからみた角度とほぼ同じだった。
しばらく私たちはなんだかいい気持ちで、
そんな光景を映画をみているかのように眺めていたけど、
一本道を進んだらあっけなくホテルに出た。
目の前をたくさんの観光バスが通る賑やかな通りにホテルはあった。
翌日、朝食が済んで出発までの短い時間に散歩に出た。
昨日の楽しげな場所はお店だったのか、豪邸だったのか。
すぐ道の越えたところにあったと思ったその場所は、
ここだと思った場所にはなかった。
ぐるっとまわって、この角をまがったこの場所だ、
と思った場所にもなかった。
どうしても見つけることができずに時間がきて、
私たちはその場所を離れた。
その旅で私たちはたくさんの写真をとった。
その中で2つの場所でとった写真が現像されてこなかった。
確かにシャッターを切ったとみんな記憶しているのに、
フィルムに残されていなかった。
一つはそのアクロポリスの丘のふもとの白くて丸い場所。
もう一つはエジプト ナイル川西岸ネクロポリスの荒地。
今となっては猫町のような幻の場所だけど、
不意に鮮明に思い出すことがある。